2009年11月27日金曜日
シンポジウム「市民社会再生に向けて <文化裁判員>制度はありうるか?」(12/12)を開催します!
文化資源学公開講座では12/12に
下記のシンポジウムを開催いたします。
3年間にわたって開催されてきた公開講座の
総括となるシンポジウムです。
みなさまのご参加をお待ちしております。
どうぞよろしくお願いいたします!
今更?のTwitterも始めています。
試行錯誤中ですが、こちらもよろしくお願いします!
http://twitter.com/shiminsyakai
以下、転送歓迎!
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東京大学文化資源学公開講座
「市民社会再生―新しい理論構築に向けて」シンポジウム
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市民社会再生に向けて、
<文化裁判員>制度はありうるか?
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日時 2009年12月12日(土)14:00~17:30
会場 東京大学法文2号館1大教室
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/CR-K/akusesu.html
定員 150名
申込 以下、オンラインフォームよりお申し込みください。
http://bit.ly/4sY1YL
詳しくは以下のウェブサイトもご覧ください。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/CR-K/shinpo.html
主催 東京大学大学院 人文社会系研究科 文化資源学研究専攻
協賛 パナソニック
後援 文化資源学会、日本文化政策学会
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長い目で見れば、裁判員制度は、おそらく、
この夏の「政権交代」よりももっと大きな影響を
日本社会に及ぼすことになるのではないでしょうか。
では、文化の領域で、どのように可能だろうかという問いかけを、
シンポジウムで行おうと思います。芸術文化の価値とその振興策を
誰がどのような仕組みで決定=裁判するのかという問題提起です。
ここでは「裁判」という言葉を比喩的に用います。
決して、裁判制度を芸術文化の世界に持ち込むのではありません。
争いごとの裁定ではなく、価値判断や評価を下すこと、しかし、
それが単なる個人的な判断に終わらず、社会に生かされる仕組みを
考えようとすることを、「裁判」という言葉に託したいと思います。
いいかえれば、「裁判官」の世界に
「裁判員」が参入することの可能性を問いたいと考えています。
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14:00~14:15 3年間の総括と趣旨説明
木下直之(東京大学人文社会系研究科教授)
14:15~15:15 話題提供「裁判員制度が社会にもたらしたもの」(仮)
三谷太一郎(東京大学法学部名誉教授)
<休憩:15分>
15:30~16:30 3プロジェクトチームによる報告
「戦後の文化行政、美術館、モダニズム建築を考える」
「<所有>からアートの公共性を考える」
「芸術文化振興施策に関する規範を考える」
各チーム代表者(3チーム、各20分程度)
16:30~17:30 総合討論
司会=曽田修司(跡見学園女子大学教授)
小林真理(東京大学人文社会系研究科准教授)
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連絡先 東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究室内
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 tel/fax 03 (5841) 1251
e-mail: shiminsyakaisaisei[@]gmail.com
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2009年11月12日木曜日
【第七回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
大変お待たせいたしました!10月23日の議事録をお届けいたします。
■これまでの論点洗い出し(メーリングリスト上で展開された議論タイトル)
-なぜ行政がアートに助成しなければならないのか
-文化裁判員制度はありうるか
-共を支えるための経済的仕組み →なぜ行政がアートに助成するかとの関連
-黒NPOと赤NPOの経済的観点
-文化施設に期待すること
-アーティスト議員・政策を担う文化人
-公共コレクション
-アートと倫理、表現の自由
-アートとデザインの境界
-ジェントリフィケーション、および文化による地域活性化
-限界集落の祭り
-ボランティア
■12月のお題「文化裁判員」(※)について
(※シンポジウム仮テーマ中の用語。詳細は改めて告知させていただきます。)
「文化裁判員」をプロジェクト2が一番広くとらえている?大風呂敷。
=「いろんな人が文化に関わって意見を行って決めていく仕組み」
経済的に支える仕組みも、ネットでいろんな人が意見を言えるのも、アーティスト議員も
文化裁判員制度はありうるか?で、ありえるorありえないではなく
すでにいろんな形で存在する・これからも存在しうる
文化に対する意思決定の多様なありようについて、私たちはこう考えた、ということを示したい。
「関わることも一種の所有」
「文化裁判員も、すでに私たちが関わってしまっている関わり方の一種」
所有→共同体のとらえなおし
限りなく変幻自在な、一夜の観客も、ネットコミュニティも共同体
■多様性の尊重
活発な議論ができたのは、それぞれのバックボーンが違うから
多様な共同体にそれぞれが属していることによって、いろんな角度から文化について見られる
多様性の担保
アート好きとして大きく偏ってはいるかもしれないけど
裁判員を制度化するとしたら、
どれだけ多様なコミュニティの声を反映できるか
閉じたコミュニティでの閉じた判断では文化裁判員はおかしくなる気がする
オープンな議論をすることは大事
でもなんでもありでいいのか?
無限にある共同体の尊重がない限り、文化裁判員制度OKとは言っちゃいけない気がする
参加の保証、関われることの保証
■まとめ
文化裁判員制度はありうるか?
→すでに私たちは多様な文化裁判のありように参加している
ただしそれが制度として機能しているかどうかは考えなければならない
そこにどれだけ多様な価値が加えられるか
意思決定と価値形成が文化裁判に求められる
それは制度として機能しているかどうか、
機能しているものはどういう要素があって機能できているか
できていないものに足りないのは何か
どのように機能させるか
加えて裁判員の波及効果
よい裁判が何かは誰にもわからない
ただそこに関わることによってこういう効果があるということは言える
関わることは一種の所有
すべての国民が裁判員になれる=すべての国民が文化に関われる
関わることは一種の所有
だからといって関わることが大事なんだから無罪でも死刑でもどっちでもいいというわけではなく
文化裁判で判定するのはいいかわるいかではない。
何を判定するのかはわからないけれど、
たとえば税金の使い方が悪いかどうかは判断できる
でも多様性を大事にするなら9割が無駄といっても1割が必要だというのはどうするか
その1割を担保するのが人権
文化権を人権ととらえるイメージがもっと広がるといい
今は文化の幅が狭くて既にある文化を広められるものが文化権みたいな理解だけど
文化的生存権、曽田先生風にいえば、「参照系の保障」
(以 上)
先日は、通常の日程に加え、臨時会議(?)も開催しました。
12月のシンポジウムに向けて、議論はますます加速していきます!
2009年11月3日火曜日
【第六回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
11月に入り、温かい飲み物にほっとする日も多くなりましたね。
プロジェクト2は、合宿と合宿後のミーティングを経て、
北風に負けない!?議論を展開しております。
それでは、少々遅くなってしまいましたが、
後期第一回目、10月9日の議事録をお送りいたします。
【編集中】
※申し訳ございませんが、もうしばらくお待ちください。
2009年8月29日土曜日
草津合宿|前編
2009年7月23日木曜日
【第五回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
こんにちは、小中学生は夏休みに入ったようですね。
市民社会再生講座も夏休み!ということで、
夏の風物詩、スイカを囲みつつ、
前半最後のディスカッションを行いました。
今回はその模様を、鈴木(記録)と蔵野(編集)がお伝えいたします。
◆日時:2009年7月10日(金曜日)18:40~20:45
◆アジェンダ:1.合宿についての方向性
2. ゲストへのインタビュー
1.合宿についての方向性
<決定事項①>タイムテーブルの大枠
1日目 グループワーク1st Cession
□インタビュー報告会
□立ち位置がペストフの三角形上どのあたりなのか、模造紙・付箋などを用いてマッピング
※キーワードだと感じたことのマッピングなど、幾つかの切り口があった方がベター
2日目 グループワーク 2nd Cession
☐1st Cessionを踏まえてプレゼンの内容の部分作りこみ
グループワーク3rd Cession
□プレゼンへ向けて全体の流れの確認
3日目 意見交換会
<決定事項②>合宿までの準備確認
共通のインタビュー項目をベースに新たな切り口を見つけるべく、これぞ!という方々に
お話を伺いに出向く。※質問書は共通書式を使用し、報告は合宿で行う
2.ゲストへのインタビュー
<ペストフの三角形をインタビューの中でどう扱うか?>
1.(ペストフの三角形を引用しながら)ご自身の組織・活動をどこに位置づけていますか?
その組織or 活動の位置づけは、点ではなく面にもなり得ます。
組織or活動上の、利害が絡んでいる主体が、どこに位置づけられるのか。
具体的に、どういう主体なのか。
・「ご自身の活動と公共性についてどう思われますか?」などと
割と答えやすい形の質問を先にし、三角形を見せながら研究の意図を伝える。
そして「境目があるとしたらご自身はどこに属されると思われますか?」という流れに結びつける
・聞く対象が誰かにもよるが、この表に至る経緯の説明が必要になる為、
話をお伺いする中で、最終的にこちらで解釈する場合もある
・三角形は見せないと、あとでマッピング等の作業が控えていることを思うときついかも。
先方としても何が聞きたいのか、こちらの意図が分かった方が話しやすいのでは?
・人によってはペストフの三角形のスキーム自体がぶちこわしになるかもしれない
・理想のバランスを書いていただくのも案
<ペストフの三角形と「自由・平等・博愛」>
・「自由・平等・博愛」をペストフの三角形に援用したものがあるが、
これは後から誰かがとりいれた解釈なのか、それともペストフ自身によるものなのか?
・福祉三角形の日本における一番の専門家をお呼びし、「自由・平等・博愛」がペストフの三角形と
どうつながっているのか聞くのもいい(おそらく公共哲学になるだろうが)
・D.Throsby「文化経済学入門」に、
「経済的衝動は個人的であり、文化的衝動は集団的である」という言葉が出てくる
・芸術は個人で、文化となると誰かと共有するものになるのでは?
・それと同じように、一人でアートだ、というのでは承認にならず、誰かが承認する。誰が承認するのか?
<アーティストの視点として小林さん>
・とりあえず作ることからはじめる。出来上がったものは意図していたモノだったり
意図していなかったモノだったりするが、出来上がってから考えることにしている。
また、自分のために作ることもあれば、社会とのコラボレーションもある。
その場合社会の方が主導権を持っているのか?
公共とのコラボレーションをするときは公共が主導権を握っているように感じる。
・作家が社会とかかわった時に初めて三角形のなかで「面」としての広がりが生まれるのでは?
どこまでそれが広がるか、また境界線はどこなのか、ブレなどが分かると面白い
―合宿で透明なセロファンを三角形の上に広げていくというのも面白い
・アートはコミュニティのまま居続けられるのか?現実としては居続けにくいのでは。
国家(「公」)に行きそうだったり、企業(「私」)にいきそうだったり
・「コミュニティアート」も、財源が政府機関だったら?財源はどんどん政府に依存せざるを得ないような状況だったら?
・アサヒアートフェスティバルも財源は企業
・建前や実体のジレンマなど
<その他インタビュー項目について>
3.市民との関係を考える担当者はいますか?その場合の市民とはどういう人々のことをいますか?
4.市民側のリクエストなどを想定していますか?それに対応するために
どうのような体制を整えていますか?「持ち寄り」「持ち出し」をイメージできていますか?
・「市民」という言葉について
英語だとpublic relation、まわり、多様性のある人
「みんな」という言葉が一番色がついていなように感じる適語である
7.公共コレクションについてどう思われますか?
8.文化施設へ行く理由はなんですか?
・明快な質問は、ヒントになる言葉が貰えるかもしれないので取り入れるべき。
実体的な言葉を拾い出して、仮説を検証したり、強固にしたり、壊したり、
あるいは新しいものを作ったりすればよい
・「コレクション」というと美術館を連想させる。「公共的なアート」と聞いて、
なにを連想しますか?というような方が答えやすい
・Yes/No Questionで質問が閉じられてしまうので、
「開かれた」答えを貰えるようにしたほうがいいのでは?
・力みのない質問をし、最初からよろいを見せず、自然に答えてもらえたことを、どう翻訳できるか
・相手に曽田先生のHPの文章+なにかキーワードを伝えておく。それに加えて、
「なぜあなたを選んだのか?」は説明できなくてはいけない
<具体的なインタビューの方法>
・どなたに誰が聞きに行くか?
・自分で選んだ人+誰かにJoinし、なるべく1人では行わない
・リーダーを決めておき、日程や人数などをメーリスで告知し募る
・グループのページにあるカレンダーに各自で内容を書き込んでUpしておく
・Voice recorderがあるといい
<曽田先生より前半まとめ>
アンケートを答えやすい言葉で作ればかなり作業が進めやすくなるように思われる。
最終的に12月のシンポジウムまでに文化政策とどうつなげるか?つなげようはある。
合宿の時に文化政策のツールとしていったん作り、後半の講義で外部の目を入れ、
検証していく作業を行うようにする。
<スピーチ>
1.川上さん(東京大学4年)
・アウトサイダーアートの質をどう評価していくか
・深瀬鋭一郎さんのお手伝い こんど記録をNPOから出される
・台東歴史都市研究会(ワークショップのスタッフをされる)
2.中村(み)さん(東京大学博士課程3年)
・研究することが好き 研究できるようになって研究者としての社会的貢献の形を探っていきたい
・スイカ割りはワークショップの一つでは!?
(写真:なんと、冒頭のスイカは、メンバーの方のお子様が、安田講堂前で割ってくださったものです!)

第五回議事録は、以上となります。
夏休み中は、メーリングリスト上での議論や、
インタビューやイベントへの参加等、活発に活動してまいります。
その模様も、お届けする予定です!
それでは、皆様素敵な夏休みをお過ごしくださいませ!
2009年7月17日金曜日
プロジェクト1 第4回議事録
東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生」2009
戦後の文化行政、美術館、さらにモダニズム建築を考える
プロジェクト作業(3) 要旨
2009.7.3
―――
I.今後の見通し(木下)
I-1.プロジェクトのコンセプトと必要な作業について
I-2.日程について
II.プロジェクトの内容について再確認(木下)
II-1.戦後の文化行政
II-2.モダンアートの美術館
II-3.美術館建築
II-4.その他
III.ディスカッション
III-1.フリー
III-2.調査の役割分担
III-3.ゲスト
IV.次回以降のための確認
―――
※草津合宿まで早くも残り2回となりました。そこで、木下先生から今後の見通しとして、コンセプトと必要な作業、スケジュール等を確認するお話が冒頭にありました。
I.今後の見通し(木下)
I-1.プロジェクトのコンセプトと必要な作業について
・このプロジェクトはあくまで神奈川県立近代美術館(以下「鎌近」)を手がかりとして進めていくが、
美術館あるいは建築についての一般的問題に展開していかなければ深みがない。
・美術館と建築の二つの議論は別物ではあるが、それらが交差する領域を探してみたい。
今のところ「ハコモノという概念」がその候補となろう。
・具体的な作業のロードマップ作りすなわち日程管理はやらなければならない。
→まず基礎的かつ具体的な情報収集をする必要があるが、
これはいくつかの小グループでやるのが良いだろう。
→さらに、文献や文字資料の収集、インタビュー計画、ゲスト選定も必要な作業である。
I-2.日程について
・今回7月3日と次回7月10日が終われば次は8月28日の合宿初日まで間が開く。
この7月10日から8月28日までの期間をどう使っていくかが重要。
・8月28日の合宿初日までに「議論の材料となるデータ」の収集が必須。
なお、合宿2日目の8月29日はグループで打ち合わせができる。
・当初、大学での講座日や合宿の日にゲストを呼んで一緒に話すつもりだったけれど、
大学に来てもらうのは現状では難しいだろう。むしろ、
われわれが出かけていってインタビューで情報収集することを検討するのがよくないだろうか。
・合宿3日目の8月30日には3つのグループがそれぞれの成果を公表しあう予定。
II.プロジェクトの内容について再確認(木下)
※以上の概要を踏まえ、木下先生からプロジェクトの内容について多少突っ込んだ意見開示がありました。
鎌近を手がかりとするわれわれにとって、ここから引き出せる問題が3つあること。
さらにその補足として「公共性」について。
II-1.戦後の文化行政
・鎌近から引き出せる問題の第一点として「戦後の文化行政」について。
・文化行政は戦後の早い段階に着手された。
それは「文化国家」の建設を目指すものであり、地方自治の象徴だと考えられた。
・しかし、1960年代の高度経済成長は「エコノミック・アニマル」の評言にあらわれているように、
終戦直後の理想とは別な方向に日本を導いた。
・さらに時代はめぐり、今度は経済至上主義に対する揺り戻しとして
「文化の時代」「地方の時代」が取りざたされるような状況に至っている。
・以上述べたように、戦後を問い直すことは、
戦後日本が目指したものがいかなる経過をたどってきたかを検証することである。
それはすなわち鎌近58年目の現状分析へとつながる。単なる過去の検証ではない。
II-2.モダンアートの美術館
・鎌近から引き出せる第二の問題。「モダンアートの美術館」ということについて。
・モダンアートは当時、普遍性を持つ文化として考えられてきた。
それはまさに世界へ開かれた通路としての美術館にふさわしいものであった。
・それから58年目を迎えたモダンアートの美術館に、市民社会再生拠点としての可能性はあるだろうか。
あるとしたらいかなる様態においてだろうか。
II-3.美術館建築
・鎌近から引き出せる第三の問題。「モダニズム建築」について。
・前項で述べたような「モダンアートの美術館」の機能にふさわしいものとして選び取られたのが
モダニズム建築であった。
・それから58年目のモダニズム建築が問いかける「建築保存」「建築の評価」「景観」について
考えることができる。
II-4.その他
・「多様性」という概念がある。これは、この公開講座において過去2年間追求してきた重要な概念だ。
多様性を担保できる社会のありようとはいかなるものだろうか。
・8月28日までに議論の材料を収集しないといけない。前回のレジュメとして出した10項目はその案である。
III.ディスカッション
※木下先生の問題提起を受けて参加者のディスカッション。まずは自由発言。
「→」はそれに対する木下先生や他の参加者、時には本人のコメント、フォロー
III-1.フリー
・先生のレジュメ通りにすすんでいったらいいのだろうか?
→とりあえず進行の枠組みを決めていく必要はあるだろう。
・現代社会一般の状況分析も有意義なのではないか。
→はじめはあまり広げすぎず、美術館にこだわる必要性を見いだすことが重要だと思う。
もちろん、現今のアートプロジェクトやその他の運動すべてを否定して美術館が残るべきだ、
という結論はまずあり得ないだろう。
その意味では「市民社会再生」の拠点についての議論が美術館だけでは収まることはないのだが、
とりあえず夏までは鎌近という物件にこだわっていこう。
・基本的な調査対象として前回のレジュメに示された10項目は、
時代背景によってその重要性や性格を変えてきたのではないか。
→興味に応じてこれらのテーマについて調査し、年表に落としこんでいくと何かが見えるだろう。
・今できるのは「分担」だろう。どう割り振ってどう情報収集していくか。
仮にインタビューをすることとなった場合、その仕組みについては事務局で検討する。
→たとえば見学会でお会いした稲庭さんは学校連携に熱心な学芸員なのだが、
既存の美術館では「美術史を学んだ学芸員が美術についての情報を提供する」
スタイルでずっとやってきて学校連携などの取り組みについていろいろと難しい部分があったりもする。
たとえば、ある作品についての学芸員の説明はキャプションとして提示されているのに、
作品を観た子供たちのコメントを壁面に掲示するのはなかなか困難である。
稲庭さんからはそういう方面の話も聴けるだろう。
→鈴木博之氏は建築史の先生だが、建築保存にまつわるあらゆる現場に関わってきた方である。
彼の経験をあらいざらい聞くことで何かが見えてくるだろう。
→公開講座は講義ではないので、木下は設計図を与えるというより交通整理のかたちで関わっていきたい。
III-2.調査の役割分担
※木下先生から、基礎情報の収集について分担を決めてしまおうというご提案。
とっかかりとして、各人、前回の10項目から調査したい項目を一つ挙げてコメントすることに。
なお、情報収集にあたってはネット情報に頼るだけではあぶないので、
十分な検証作業が必要とのご指摘もあった。
・ハコモノ概念形成史に興味がある。中身が伴っての美術館なのに。
→ハコモノという表記表現はマスコミ発なのだろうか。
建築関係者はみずから揶揄的な意味では使わないだろうから。
→新聞記事データベースで情報をとることができるだろう。
・美術館予算に興味がある。
→設置主体によって情報公開度にはばらつきがあるだろう。それ自体も情報。
・占領期の文化行政に興味がある。現在の自分の専門とも時代背景をともにしている。
・戦後の美術館建設史。当初現代美術には興味がなかったが、水戸芸術館に行ってみたらハマった。
水戸芸は現代美術についての拒否反応も多かった中でやり続けたことに意味がある。
設立当時の鎌近と重なるものを感じる。
→このリストで言えば美術館建設史年表の一部か。
→相模原市のように美術館の計画があるところも押さえてみるとおもしろい。
→美術館の反対運動(たとえば横須賀市)をも加えられるかも。
栃木県、富山県、その他いろいろと事件はあった。いずれにせよ年表の制作は役立つだろう。
・年表制作。現状とくに特別な思い入れのあるテーマがないが、
美術館がどのように残っていくのかというその選択基準、
あるいは「世界遺産」というようなもののメリットとは何なのか、といったことに興味がある。
年表作りにたずさわることで状況を俯瞰できるのではないだろうか。
→年表をきちんと(諸問題の全体像が見えるように)作るのは重要。そのフォーマットを作ってほしい。
→美術館が残るのは100年200年残るコレクションによってなのであるとかつては言われていた。
今はそのための予算から真っ先に切られているが、
ほんの数十年前にいわれていた美術館の理想像がそんなに簡単に変わって良いのか。
・設置条例や目的一覧。基本的には建築ではなく美術館に興味があるため。
→条例は非公開はありえないから見つけやすいだろう。
どういう力学で設置条例が決まってくるのか、それを見比べることで見えてくることもあろう。
・アニメの殿堂。今日も知り合いとその話題になった。
「とりあえずベースをつくるのは評価できる」派と「あんな箱をつくっても意味ない」派。
→鎌近を手がかりに美術館の問題を考えるけれど、最終的にこの施設について考えることはあり。
・いささか抽象的だが「人」について。「利用者」の変遷をたどるほかに、
「アーティストを育てるアクションを起こしてきた」のはどこだったのかということに興味あり。
さまざまな条件を考慮しつつ比較し特徴を抽出できないか。
この10年でくたびれちゃった館とそうでない館の比較など。
→公立館の利用者一覧は基礎資料として必要だろう。
・美術館建設史年表。これは単なるマッピング作業ではないと思う。
美術館の定義やあり方も変わっているだろうし。
建築という視点で言えば産業遺跡の再利用としての美術館というような要素も
ある時期から盛んになっている。こういった美術館建築についての視点の推移も視野に入れ、
気になる人にヒヤリングをしつつ。
→建築の方面からこの年表を充実させるという流れでしょうか。
いまは簡単に年表制作と言っているけど、実際にはいろいろな関わり方があるようだ。
→国立新美術館(コレクションを持たない)の出現によって美術館の認識のされ方も変わっている。
・東京中央郵便局の追跡に興味あり。モダニズム建築の保存と廃棄にかかわる諸要因を考えたい。
「評価の正当性」を認識してもらうにはどうすればいいのだろうか。
・年表。流れが見えた方がよいから。グッゲンハイムビルバオのように、
建築自体が作品というようなこともあるし。美術館のクロニクルをみるだけではなく、
どのような人に建築を依頼したかということも興味深い。
・美術館の機能や役割について情報を共有したい。そのために公立美術館の設置条例と目的。
・ハコモノ概念形成史。新しい評価軸を設定するのは難しいと思うけれど、
まずはいままで美術館がいかに評価されてきたか、ということを考えてみたい。
・鎌倉の景観保全状況。『地域再生 まちづくりの知恵』を読んで興味を引かれたこともあって。
さらに、鎌倉自体がいかなるまちづくりをしてきたか。ヒヤリングもしたい。
・占領期の文化政策。「占領期」のことをもう一度とらえ直し、
いわゆるハコモノ行政の前提・背景として知っておくことも大切なのではないだろうか。
・モダニズム建築の保存例。さらには保存されなかった例も押さえてみたい。
・予算。予算書にあたることができればどういう事業にどういう配分がなされているかがわかるだろう。
→全体をざっとみることができる資料が見つかるとよいが。
・広島平和記念資料館。
当時の広島の「市民社会再生」にいかなる役割を果たしてきたかを見ることもできるかと思う。
→一応これは例として挙げたのだけれど、今広島に絞るのはどうかな。
モダニズム建築の保存例として示したというところもあるので。
・年表が好き。年表を作りつつ、占領期の文化政策について考えたい。
「博覧会を横浜でやったときにアメリカからの抑圧もあった」という知事の記事を読んで
その背景を知りたいと思った。なぜ鎌近は横浜でなく鎌倉なのか、ということにも興味あり。
→
年表にはいろいろな要素があるから、その分担の仕方は考える余地があるかも。
III-3.ゲスト
※ゲストについて木下先生から提案あり。ゲストの人選のこととインタビュー形式のすすめ。
ゲストを誰にどのように依頼したら良いか、具体的に考えてみたい。
現状だと、ゲストが1時間話をしたら1日分の公開講座がそれで終わってしまうし、
7月10日に呼ぶのはもう無理。
むしろ、今の分担にしたがって調査をする上で必要な人に
インタビューするというやり方があるのではないか。具体的に話を聴きたい人の案を考え、
来週名前を出しあおう。
個々の分担について、8月28日までのアクションプランを考えて持ち寄るとよいのではないだろうか。
美術館と建築の問題がクロスオーバーする領域がどこにあるのか―
「ハコモノ概念」というのは本当にありだと思っているけど―ということも考えてみる必要があろう。
人を呼ぶなら「ものすごくインスパイアされる人」でないと。
細かい情報を取るだけならゲストを呼んで時間を使うよりもインタビューを実施する方がいいだろう。
だが、インタビュー形式は当初想定していなかったので、手土産(謝礼)等をどうしたらよいか、
システムを検討する。
IV.次回以降のための確認
来週で一区切りだけど、合宿前に一回は集まった方がいいと思う。7月17日はどうだろう。
モダニズム建築についてのシンポジウムが17日の夜にあります。
ともあれ具体的にインタビューしたい人を挙げる作業をしていこう。メーリスで意見交換しよう。
―以下、質問への木下先生の回答など
【合宿について】今のところ時間的なことくらいしか決まっていない。
初日は14:00頃現地集合して夕方までミーティング。
2日目は会議室は借りているのでグループの話はできる。
3日目はプロジェクトの中間報告。昼に解散。
合宿の記録係は1日1人になっているが、それはさすがにしんどいので分担を考える。
【入手困難文献について】読む手立てがない本などがあったら、メーリスに知らせてください。
【懇親会】合宿前にこのメンバで集まるのは来週が最後。
学校での打ち合わせが終わった後に場所を変えて集まろう。
店は「とうがらし」でいかが。翌日は鎌近の見学会だけど、その晩に集まるのは「原則として」なし。
【鎌近第二次調査団について】14:00本館集合。16:30別館へ移動してこどもと美術館のイベント見学。18:00頃解散の予定。
なお、当日行けない方で調査の際に聞いてきてほしいことなどがあればメール等で知らせてください。
【宿題】本日分担した基礎情報の収集活動について、
合宿までにどのように進行させるか、アクションプランを持ち寄る。
2009年7月9日木曜日
【第四回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
MLでのやり取り・資料の持ち寄りなど、自発的な良い雰囲気で進んでいます。
それでは、第4回の模様をお送りします。
■前回までのおさらい
当初から議論が続いている「公」「共」「私」の概念。
それらの整理の一型として先週曽田先生がご提示くださったのが「ペストフの三角形」でした。
このペストフの三角形について各自勉強してくる、という宿題を踏まえ、
「公」「共」「私」の区分を意識しながら議論を行いました。
この三角形では「国家」が「公」、「市場」が「私」、「コミュニティ」が「共」に相当します。
それぞれの領域自体は変化せず、境界線の移動によって変化が生じるというのがポイント。
(参考図版:ビクターA.ペストフ著『福祉社会と市民民主主義ー協同組合と社会的企業の役割』
(日本経済評論社、2007)より引用)
■今週の議論-------------------------------
*アートによる土地環境向上=排除?
今週の持ち寄り資料の一つ、「246表現者会議」。
国道246号線の渋谷駅高架下に描かれていた落書きが
ある日デザイン学校生によって「春の小川」という「作品」に描き換えられ、
ギャラリースペースであるという主張のもとにホームレスが立ち退きを命じられた事件。
黄金町バザールでも同様にアートで歓楽街の浄化が目指された。
このことをどう考えるか?
・アートを排除の道具に使うのはどうなのか
・排除とは一概に言えないのでは?黄金町では一緒に何かをつくろうとした
・NYやオランダ、ドイツ等ではアーティストの受け入れによる土地環境向上(「ジェントリフィエーション」という)が制度化されている。最初は不法占拠でも、アートによって地価の上昇(=「私」の承認)や住民の受け入れ(=「共」の承認)が得られると、アーティストに権利が生じる。アートに本来的に公共性が備わっているゆえ。
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*承認のシステム
先の海外での事例は、
占拠した当事者→その当事者に共感する人→社会→政府、という4段階で承認がすすむ。
では日本における承認のシステムは?
・日本では市場(=「私」)が承認を担うケースが多いのでは(オルタナティブスペースがギャラリーになったり)。
この場合、営利性が承認の基準になるので分かり易い。
・歌舞伎は当初政治・風俗に良くないということで公権力によって規制された。それが今では一転、文化として価値づけられている。「公」以外の価値システムで認めるという発想がない(「アニメの殿堂」も同様)。
・日本の劇場が欧米のような「公共劇場」にならないのは、そもそも最初の劇場である帝国劇場が株式会社(=「私」)だったこととも関係するのでは。芸大に演劇科がないのも一因。
-------------------------------
*「共」における承認をどう制度化するか
各地で箱物の文化施設が次々に建設された時代、それは貧しさからの脱却、文化への憧れという市民のニーズに基づいていた。
公立ホール建設に対する国庫補助を背景に、隣も持っているからうちも......という行政側の事情もあった(cf.梅棹忠夫「水道蛇口論」)。
その後経済成長が進み文化のあり方は変わったのに、80年代のアートバブル期には多額の税金で美術品が買われ批判が相次ぐなど、市民のニーズとの乖離が進んでしまった。今の時代において「共」の承認を得るにはどうしたら良いのか。
・金沢21世紀美術館はコミュニティでの承認を得られた成功例。
・十和田市現代美術館は周囲から浮いている感じ。コミュニティでの承認は数で計れないから難しい。
・ヨーロッパでは共同体で支持されていたものが市民制度導入に伴ってそのまま公立劇場化した。日本では江戸時代、演劇が「共」に根付いていたのに、「公」の承認は受けられなかった。寄席や芝居小屋(今で言うならテレビやネット)など、共同体で根付いていたものは市場(=「私」)に回収され、代わりに日比谷公会堂や帝劇などが文化として整備された。
・「公」や「私」を介さずに「共」において承認されるような文化をどう位置づけ、回復していくか。
-------------------------------
*所有からコミュニティ論へ
・ペストフの言う、非公式(インフォーマル)で非営利、民間(私的)の領域を回復することが必要。これ以上大きな政府にはなれないし、市場も膨張しすぎ
て傾いている。コミュニティの三角形がもっと大きくなることが大切なのでは。
・コミュニティの三角形はゆるやかである必要がある。地縁や血縁に限らず、あるものをいいとみなす感覚の共同体(感覚の作品化がアーティストの役割!)。
・排他的にならないためには、「共同体」ではなく「共同性」。「つながりうること」。
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この日の議論はここまで。「承認」や「つながり」をキーワードに、「共」について考える内容になりました。
■ゲスト
プロジェクト2では合宿後に2名のゲストをお招きする予定ですが、7,8月中に各自(orグループ)で気になる人に取材を行い、合宿で報告し合います。
今回の議論のフレームワークとなった「ペストフの三角形」はその取材に際しても活躍してくれそう。
この三角形のどの辺に自己定義するか?
その定義は周りの定義とどう違うか?などなど......。
質問項目のフォーマットは来週までに再度練り直す予定です。
■今週のフリースピーチ:古賀さん
・自分は三角形のどこにいるんだろう?
・アートファンが楽しめる美術館と、入場者数の多い美術館と...社会においてどれが幸せ?
アルバイト先の美術館が観光地にあるということもあり、日々悩みつつ活動中。
以上、長文お読みいただきありがとうございました。
それぞれのプロジェクトで議論が進んでいることと存じます。
合宿で交流できるのを楽しみにしております。
(議事録:中村み、編集:川上)
2009年7月3日金曜日
プロジェクト1 神奈川県立近代美術館見学会
日時:2009年6月27日(土)14時~
場所:神奈川県立近代美術館鎌倉本館及び別館
6月27日(土)に神奈川県立近代美術館「建築家 坂倉準三展」の見学会を行った。
プロジェクト1では当美術館を理論構築の手がかりと位置づけており、
この度の見学会は6月27日、7月11日と2グループに分けて実施される見学会の先発隊だった。
今回は前半に「建築家 坂倉準三展」を見学し、後半は鎌倉別館に場所を移して
「美術館はぼくらの宝物-子どもたちの視点がくれるもの-」を見学した。
○「建築家 坂倉準三展」
14:30~ 三本松倫代学芸員と簡単な質疑応答を交えながら館内自由鑑賞
15:30~ 太田泰人学芸員のギャラリートーク
まず、最初の一時間程度、三本松学芸員から説明を伺いながら各々自由に鑑賞した。展示内容の説明と並行した会話の中で、この美術館が鶴岡八幡宮の境内の中に設置された経緯、当初は現代美術館としての活動を目指していたこと、コレクション形成のいきさつ、幾度かの改修により美術館の様相も変化していることを伺うことができた。
特筆すべき点は、この美術館が鶴岡八幡宮境内の中に設置された経緯として、戦後、国の土地となっていた当地を、県が仲介し、鶴岡八幡宮に返すことになれば、美術館用地として県に土地を貸すという前提条件があったこと、また、コレクションの形成については開館後少しずつ作品が置かれていき、なし崩し的に集まった?という内容の話があった。
また見学者の中では、改修によって施された入口階段上にある檻のようなパネルや、塗料を塗りが激しい鉄柱など、「なぜこのような改修になったのか」と色々と意見が出た。
太田学芸員のギャラリートークでは、この美術館が色々な意味で先駆けであり、坂倉自身にとってもエポックメイキングな仕事であったと解説があり、戦前のパリ万博日本館、戦時下の組立建築、戦後における公共建築や都市計画に関する仕事を、時代ごとに説明していただいた。また、公開講座2回目の話であった1/1スケールの組立建築についても説明があり、行政指導により撤去することになるかもしれない・・・という状況であるとのことだった。
○「美術館はぼくらの宝物-子どもたちの視点がくれるもの-」
16:30~ 担当された稲庭彩和子学芸員に解説をしていただきながら見学
「建築家 坂倉準三展」を見学後、鎌倉別館にて開催中の「美術館はぼくらの宝物-子どもたちの視点がくれるもの-」を、担当された稲庭学芸員に解説していただきながら見学した。
最初、「Museum Box宝箱」という双六ゲームの説明があった。このゲームは、自らが学芸員となってカードになった所蔵作品を集めるなど、気軽に作品に触れることができ、2006年から学校や教育機関に貸出されている(一般に販売もしている)。今回の展覧会では、ゲームによって作品に親しんだ子供たちの感想をその作品の周りに貼って一緒に展示していた。
子供たちと美術館の関係は一過性のものではなく、その様子は展覧会用に製作されたドキュメンタリー映像と短編映画に納められており、見学者一同も見せてもらったが、子供たちと美術館の交流の深さに驚くとともに、子供たちから出てくる表情や表現に笑わされながら拝見した。
(なお、活動の様子については蓮池通信 http://www.group-rough.net/museum/ というブログでも知ることができます。)
稲庭学芸員には見学中色々とお話を伺ったが、最後に「学校との連携においてはどういう連携がしたいのか、長い眼が必要」という趣旨の話があり、我々が目指す市民社会再生という点から見て、稲庭学芸員と当館の教育事業はとても参考となるものと思われた。
最後に木下先生から、鶴岡八幡宮にてかつて行われた神仏分離令による景観破壊について説明があり、鎌倉市が世界遺産として登録を目指している景観は、この景観破壊によってできた景観であると指摘があった
プロジェクト1 第3回議事録
戦後の文化行政、美術館、さらにモダニズム建築を考える
プロジェクト作業② 要旨
2009.6.26
6月26日は、まず木下先生からMLは情報提供の場として使うという点の確認があった後、前半が木下先生による問題の再確認、後半が参加者からの問題提起であった。
木下先生は、何を問題とするのかを明らかにするために、美術館と建築の2つの問題についてレジュメに沿って問題を整理された。また、論点を絞るほかに、参加者が基本情報の収集を行うことを提案された。(以下、神奈川県立近代美術館を鎌近と表記。)
〇木下先生から。
【1.問題の整理】
1)問いかけが必要:美術館は市民社会再生の拠点たりうるか。
・半世紀前に建てられた鎌近:今でも当初の役割を担いうる力を持っているのか。
・2009年に起こっていること:丸の内の三菱一号館再建について。
1894年(明治27年)に作られ、約70年後の1968年に壊された三菱一号館が40年の空白期を経て、2009年に全く同じ形で再建された。昔のものを技術的にいかに忠実に再現したかという点を強調。丸の内の文化の拠点を目指している。
美術館として使うという点が釈然としない。採光を重視したオフィスビルを、光を嫌う美術館にすることに矛盾。三菱一号館は丸の内での一企業の経済・商業の拠点である。美術館がそれぞれの時代で担う役割は違う。
・コレクション:利用者は展示活動を通じて美術館とつながる。人を入れるのなら、どういう展示をするのかが大事。コレクションの蓄積が、社会に対する役割となる。
・モダニズム建築:目指したものと、デザインが一致した鎌近。
・美術館は権威を持っていくが、「開かれた美術館」「敷居の低い美術館」は、どういう状態を言うのか。物理的なことだろうか。
・美術館の外で、美術を支援している人がいる。美術館は美術の拠点たりうるのか。
2)建築保存について:日本は建築をどのように残してきたか。
・残すべきもの概念がどんどん広がっている。建造物単体から、その連なり、さらには
文化的景観といわれる自然と一体となった人間の営みまで。
・丸の内では1894年の建物が復元された。一方、東京中央郵便局は壊され、三菱一号
館の復元のために1930年に建てられた東京八重洲ビルが取り壊された。先週の見学
会では東京八重洲ビルの話題が出なかった。
3)「箱物」を再考しよう。
・箱物は美術と建築を横断することば。箱物というレッテルは簡単すぎ。建物は、当事者が熟考して作ってきたもの。レッテルによって簡単に切り捨てていいのか。補正予算がついた国立メディア芸術総合センターの問題では、われわれがこれまでミュージアムをどう作り、どう関わってきたかということが問われている。
【2.基本情報収集の提案】
参加者が20人なので10点を列挙したとのこと。以下の10項目の説明があった。
・戦後の美術館建設史年表
・美術館設置条例:必ず目的が記されている。ここ10年、ミッションとよく言われる。
・美術館予算:ケーススタディとしてモニター。美術館と博物館を作る順序は自治体により異なる。美術館と博物館の予算費はどんどん開いている。文化行政の実態を知りたい。
・占領期の文化行政、文化政策
・「箱物」:メディアが好んで使うが、いつから使われるようになったのか。
・「アニメの殿堂」:何がおこっているのかをモニターする。
・建築保存の手法
・モダニズム建築の保存:焦点を絞りたい。どうあったのか、どうあるべきか。
・鎌倉の景観:鎌近はどのような状況下にあるか。
・東京中央郵便局:具体的物件として。もうみんな忘れているか?東京中央郵便局についてのwikipediaは、建築保存の人が熱心なため充実している。保存を求める人はどのように組織されているのか。
収集した情報をwebで発信することについても、木下先生から提案があった。
「100年の会」の人は、建築中心。何が何でも建築を残すという姿勢が、部分保存、移築保存などにつながる可能性がある。鎌近は美術館かつ建築である。
〇受講生からの提起:この一週間で考えたこと。
「鎌近と地域の人との関係性」
「鎌近のコレクション形成」
「鎌近と芸術家との関わり方」
「近代と現代」
「鎌近が鎌倉に建った経緯」
「景観の評価」
「建物の使い勝手と保存の兼ね合い」
「文化財保護政策再考」などが挙げられた。
具体的には概ね以下のような発言があった。
・演劇の世界では、歌舞伎座の取壊し、再建計画の問題がある。歌舞伎座は再建後、ビルの一室になってしまう。京都の南座は反対運動によって保存された。串田和美は劇場について以前、「足を運んでいなくとも心の拠り所となる劇場」となることが大事であると書いていた。歌舞伎座も心の拠り所となる劇場であろう。鎌近は、どうだろうか。地域の人との関連性を調べてみたい。
・歌舞伎座は箱と中身が一致している。外と中身が歴史性を帯びている。
・鎌近のコレクションについては、当初コレクションを想定されておらず、小規模な収蔵庫しかなかった。美術館に求められるものは時代によって違う。ボランティアが良い例。1980年代にボランティアは想定されていなかった。ボランティアが流行りだすのは、生涯教育から生涯学習といわれるようになってから。
・鎌近の建設当時の思いは強く、鼓舞はしているが、中身の議論はない。東京都立現代美術館の展示は最近、教科書的展示から現代作家重視へとシフトしている。鎌近と芸術家との関わり方はどうだったのだろうか。
・近代と現代の関わりに注意したい。坂倉準三は現代美術館を想定。美術館形成過程には、大きな声を出す人物が存在する。鎌近をとりまく人間像を軸に語るのは面白いのではないか。
・酒井忠康著「その年もまた 鎌倉近代美術館をめぐる人々」(p.211)には、「鎌近は日本近代美術を収集。他に知られる前に展示した」という記述がある。鎌近は近代美術を扱ってきたととらえてよいのでは。
・現代・近代の概念は変わる。坂倉にとっての現代と近代、その後の反響、今はどうかを調べる必要があるのではないか。
・建築・景観の視点から俯瞰してみてみたい。鎌近があの地に立った時代背景、建築家について考えたい。都市建築デザインとは何か。
・当時は景観を破壊するとは思っていなかっただろう。
・景観は時代ごとに転機があり、商業ベースで高さ制限が変更されてきた経緯がある。建築はアートとして建てられているので、景観を壊そうとして建てられてはいない。
・坂倉の建設当時は、境内に高さ制限はなかった。
・見る視点が異なれば、景観の評価は変わる。
・建築の使い勝手と保存の折り合いをどうつけるのか。保存によって、建物の使い勝手には妥協をしなくてはならないのか。
・建築には、使いやすさも大事だが、建築としての面白さも大事。英国では建築の安全性を優先するために、「health and clean」チェックを行わなければならなくなった結果、美術館がつまらなくなってきた。また、ロンドンの大英博物館のノーマン・フォスター設計のグレート・コートが高さ制限に違反しているとして、今裁判にかかっている。大英博物館は取壊しではなく、罰則金を払うという解決手段をとることになるだろう。
・オフィス街の建物の保存では、保存活動の主体が弱い。以前は日本でも、後藤新平の計画、「都市美」とう言葉に表れるような美意識があった。今、景観は変換期にあるのでは?
・重要文化財指定や登録有形文化財制度が有効に機能していないと感じる。国の文化財保護制度を見直すべきではないだろうか。
・古いものを残すことが、腑に落ちることがある。制度を見直していい。
・鎌近の公共性を考える上で、予算・利用者数・ローケーション等、鎌近の比較軸となる他の美術館を設定したほうがよいのではないか。
まとめ:美術館は誰を想定して建てられたか。鎌近の想定は神奈川県民ではなく、日本国民だった。多くの美術館の建前は、県民・市民のためである。また、近代美術・現代美術の概念は変化し続けている。東京都立現美術館の出発点は都美術館の現代美術コレクション。最近展示が変わったのは、職員が変わったことによるだろう。近代美術館は、日本の近代美術を集め、歴史の回顧をする。美術館と、美術家、現代アーティストとの関係は違う点に注意を要する。
〇今後について
木下先生から、6月27日(土)、7月11日(土)の鎌近遠足についての確認。また、ゲスト選定を急ぐ必要がある旨が告げられた。
2009年7月1日水曜日
【第三回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
梅雨の合間に夏らしい空気を感じる瞬間も、増えてきたのではないでしょうか。
さて、プロジェクト2では先週も、雨にも暑さにも 負けない程の(!?)活発なディスカッションが 繰り広げられました。
それでは、第三回の模様(記録:古賀、編集:海野) をお届けいたします。
■前回までのおさらい
今までの、ML及び教室でのディスカッションから、質問及び議論したい事項を挙げ整理しました。
□「公」・「共」・「私」を巡る議論はどこから発生したのか?(MLで「公」・「共」・「私」について議論がされ、整理したいという声があり)
→初年度ゲストスピーカー、佐藤健二先生のお言葉より。
◇ブログの2007年7月6日のページ参照:http://shiminsyakaisaisei.blogspot.com/2007/07/blog-post_19.html
□公立美術館に関する議論
→文化施設は「装置」になりうるか?「概念」だけでなく、具体性のある「モノ」について議論したい。
□文化施設について
―文化施設は最後の核心になりうるテーマなので、早期にしぼらず、
漠然とした思いをシェアした方がよいのではないか。
―実際の文化施設(美術館の運営母体)やアートの形式(展示・ストリート)をそれぞれ
→視点を変える。アーティストの方の意見も聞いてみたい。
⇒具体例を検証する作業が行うことにしました。
□「公」・「共」・「私」を巡る議論
―花田達朗先生の「公共圏」(「未決定で動的…」であること、http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/hanada2/h04/hp04.htm)を前提に、
文化施設においてどう組み立てていくか。文化施設においてどう組み立てていくか。
オペレーションとして、どう持っていくか。
「公共圏」が「親密圏」からの出発であるということは明確である(四段ロケット)。
「公共=お上」という固定概念をどう変化させていくか。
―最終的にはファイナンスにつなげたい。
「文化を通して自己決定になる」ということを政治家にマニフェストとして提言させたい。
公共の三要素=official, public, open。
⇒佐藤先生の講演のときにでた「公」・「共」・「私」概念(数パターンのベン図)を黒板に書き、
その後江戸時代、現在の「共」についての概念についてまで議論が展開されました。
前述の提案の通り、キーワードに基づいて具体例を挙げ、 「公」・「共」・「私」に分類する検証をしました。
□公?
―学校の学芸会
→カリキュラムに入っているから公?
→学習指導要領(カリキュラム)における根拠はない。最近は学習発表会という名称で行われている。
―音・匂い(隣家や店等の)
→行為者にとっては「私」であるが、「公」に影響が及ぶ。
⇒公をコントロールするもの=規制・ルール
―人間の身体はどこに属するか?
→体自体は私のものだけれど、存在している場所は公共?
→処分権の問題。
→肖像権も関連。映像・写真作品の難しさ。
→作品の撮影は所蔵作品なら可、企画展等の他からの借り物なら不可等美術館によって様々、しかし著作権有効の場合は許可が必要。
⇒著作権には譲渡不可能な人格権・譲渡可能な財産権の二種があるので、そこを踏まえないと議論しにくい。
□共?
―ベランダ・庭・エクステリア
→景観のためなので私のものでありながら、「公」、「共」である。
→ルールはなく、みんなの意識の問題。外国や日本の一部の地域では景観に関する条例あり。
⇒共をコントロールするもの=世間体・社会性・常識
□私?
―盆栽
→行為自体は「私」であるが、見せるものであるため共の要素もある。
―ごみ屋敷
→他者が迷惑を被っているものの、どうしようもできない。
⇒私=閉じている限りは、なんでもありの世界なのではないか?
―この三角形だと、私=個人(親密圏)という視点から外れる。
→処分権の問題につながるのでは。
アーティストの制作物はアーティストのものであり、自分で処分(売る)できる。
―アートの公開範囲とは?この三角形に従うと、「企業のミュージカル」は「私」になってしまい、今までの議論と逆転してしまう。
⇒「承認」のシステムが、アートにおいて存在しない(唯一システム化されているものは美術館やクラシック音楽)ことが問題で、「持ち寄り」で成立したものへの承認の場・仕組みを政策化(ルール化)できないかについて議論が行われました。
■ゲストについて
―色んな切り口があるので、それを生かすためにも、合宿前までは取材(インタビュー)のみに
してもよいのではないだろうか。
⇒各自(グループ)でインタビューを行い、合宿で発表及びディスカッション。
⇒後半(合宿後)に、意見の異なるゲストを連続二週で呼ぶ。
⇒インタビュー内容に統一性を持たせるため、共通の質問事項を考えてくる(宿題)。
―本日の議論に関連する資料やデータをMLに投稿する。
公・共・私の概念は、過去のブログを読んで、理解を深めようと思います。
近況としては、現在行われている代官山の街中にインスタレーションを展示するのコンペに、
また、大学の(古民家で東京オリンピック選手村を作ることを提案する)プロジェクトにも参加しています。
■曽田先生より
結論は後半に持ち越さず、アウトプットをどうするかも含め合宿辺りでまとめ、
2009年6月25日木曜日
「芸術文化支援施策に関する規範を考える」グループ 第2回
「芸術文化支援施策に関する規範を考える」グループ 第2回会合記録
2009年6月19日(金)18時40分~ 東京大学本郷キャンパス法文1号館217号室
・ テーマ;「芸術文化の規範とは何か」
・ 発表者; 松浦耕平さん、 芳賀久雄さん、 島田圭一さん
1.問題提起の確認
; 「芸術文化」という言葉に対してイメージすることは、人によってまちまちであり、一つの定義をもたせることは、そもそも不可能なのではないかと自分は思っ ている。だから先に共通基盤を作るのではなく、それぞれの立場や差異を明確にしていくというアプローチを自分は採用したい。
2.プレゼンテーション
■松浦耕平さん
「芸術文化」と言っても幅広いが、自分の芸術文化に対する思い出を振り返ると、そこには「人の生き方」が必ず伴っている。芸術文化は人間から離して考えることはできない。そこを出発点とし、自分にとっての論点を見つけ出してみたい。
①人間関係
「芸術文化を支援する」ということは、芸術文化に携わる人々を支援する、ということ。芸術文化には必ず人間関係(他者とのコミュニケーション)が伴い、そのことが芸術文化を持続的なものにしている。
②東京中心の芸術文化政策
国の政策は、常に東京中心に考えられていくことが自分にとっては疑問。しかし人的資源も東京に偏ってしまっている。
③政策と現場との乖離
自分の偏見かもしれないが、国の政策は一部の専門家により独断的に決められているイメージがある。実際に実務に関わる芸術の現場の人とはかけ離れているのではないか。政策と実務との間にコンセンサスはとれているのか。
■芳賀久雄さん
市役所の文化振興課に7年ほど勤務した。このたび文化協会の運営について考えることとした。
横須賀文化協会は横須賀市内で活動する芸術団体をとりまとめ、行政とのかけはしとしての役目を行なう機関。しかし「一般には、あまり情報を発信していない」ように見受けられる。その原因としては、
・役員の高齢化(ほとんどの役員が70歳以上)
・市の「文化振興審議会」に理事長をはじめ役員が関与していない。
・市の文化施策に積極的に関わっていくことができない。(文化振興審議会で話し合われたことが、ダイレクトに3~4年後の施策に反映されることが多い。)
ということが考えられる。また、加盟団体の中だけで完結することなく。周辺地域の団体とも交流しなければならないのではないかと考えている。
■島田圭一さん
「芸術文化」と「文化芸術」という言葉は全く違う。「文化芸術」という言葉には、「芸術と国」「ナショナリズム」といったイメージが伴い、そのまま「北朝鮮のマスゲーム」という言葉に置き換えても意味が通じてしまう。自分としては「文化芸術」という言葉が大嫌いだ。
… 平成13年に「文化芸術振興基本法」が制定されてから、各自治体で制定される文化振興条例は軒並み「文化芸術」と冠するようになった。練馬区の時は、語義 があいまいな「文化芸術」という言葉を使うべきでないと主張したが、最終的に通らなかった。そもそも行政自体に語義に対する理念がない。
…語義を考え、コンセンサスを持って議論することが大事。
3.座談会
■規範とは
…政治、施策を考えていくための基本的なコンセプト。ただし行政が規範によって芸術を縛ることには問題がある。真の芸術創造を支援するためには、ヨーロッパでとられる「アームスレングスの法則」のような視点も必要。
…規範とは、自分達自身の歴史をふまえて考えるべきものではないか。
■地方と東京
…地方と東京との違いとは、経済性だけだろうか。
…芸術に関する教育自体が東京に集中している。さらにプロとして活動できる人も地方ではわずか。
■文化行政におけるリーダーシップをとれるのは誰か
…自治体では首長の文化に対する意識に相当影響される。実際のところ「市民の声」というものは少ない。
…自治体単位でも、芸術監督が必要なのではないか。
■芸術文化を支援するコンセンサス
…行政に関わる専門家の中にも、芸術文化に行政が支援するということ自体に反対する人がいる
…日本人の中にはヨーロッパのように芸術文化を需要する仕組みが根付いていないのではないか。「美しさ」に関する感覚が欠けているのではないか。だから行政は「芸術文化」と言われてもピンとこない。
…「芸術文化」に対する認識が固定化していないか。美的感覚の固定概念に流されているのではないか。国や地域それぞれのアイデンティティがあり、文化行政を考える際には、必ず様々なアイデンティティの交差がある。
…「文化行政」という言葉は、地域のアイデンティティを確立するための「手段」。行なうべきことは、市区町村、都道府県、国、それぞれの行政単位によって異なる。地方自治の主体は市区町村となってくる。
…地域の文化行政の現場では、「支援を受ける」ということは、同時に必ず受けられないものがあるということを意味する。結果、行政の施策は(公平性を保つため)中途半場なものにならざるを得ない。
…「とりこぼされているもの」は何か。
…行政の中には、現場の声をすくいあげ、実行できる人がいない。コンサートホールを建てるにしても、現場の声を踏まえず使い勝手の悪いものしかできない。
…作品を創る側、鑑賞する側、支援する側が3者それぞれ歩み寄って議論するべき。
…「文化」と「芸術」は違う。また「文化の担い手」と「芸術の担い手」も違い、それぞれが相乗効果を持つものなのではないか。行政のトップで全体を俯瞰できる人がいないのではないか。
…「文化芸術」を定義するということ自体がそもそも不可能なのではないか。
4.今後呼ぶゲストについて
…現代美術家の宮島達男さん(国の政策に積極的に関わっている芸術家)かchim↑Pomのメンバー(行政が定める芸術の規範に疑問を提示する立場にいる芸術家)
…アートが善か悪かの議論は、このプロジェクトでは必要ないのではないと思っている。むしろ国のシステム(助成金制度で人件費を支援できない理由等)について話せる人を呼んだ方が良いのではないか。
…実際のところ、今の文部科学省で行政のシステムについて明解に話すことができる人はいない。自分としては、最近では真鶴町の「美の条例」の担当者の話に勇気づけられた。
…情報法の専門家として白田秀彰さん。
※ゲストについては、次週以降の会合も踏まえ、引き続き検討していくことになった。
(記録:松岡智子)
2009年6月24日水曜日
【第二回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
白熱した議論が展開されました。
様々な方向に転がってゆくディスカッション…
果たしてどこに辿り着くのでしょうか?
それでは、第二回議事録(中村み・中村だ作成)を
お届けいたします。
■曽田先生より今後の方針への提案:
「“所有とアートが結びつくということ” という
広く漠然としたテーマではあるが、
これをまずは切り口にしたい」との
コメントがありました。
■ディスカッション:
事前にメーリングリストで募ったトピックからのキーワードの洗い出しと、
マッピングをした後(画像参照)、 それらをもとに、ディスカッションを行いました。
□持ち出しと持ち寄りの違い
・持ち出しはだれか一人が負担 ・持ち出しよりも持ち寄り ・持ち出しは無理している
・損している感じ ・持ち寄った後の問題か?
・持ち寄って終わりだと持ち出し感になるのでは?終わらないためにどこに解消していくか
・ボランティアがいないと成り立たないことを前提にしている企画は疑わしい。
主催者の意図が気になる・ボランティア・持ち出しを強要している気がする
・パブリックアートの維持管理。町内会の議論で「清掃やってほしい」という要望がでたことに違和感
・立川では自主的なボランティアの清掃がうまくいっている
・みんなで共有するためのアートだからみんなで大事にしていくというのが前提では?
・市民参加をうたうと、ボランティアは不可欠。おかしいのは、経済性を成り立たせるために
ボランティアを入れている場合、持ち出し感が強くなる。
・参加したい市民はいるけれど、参加したい市民と来てほしい側(労力のみほしい)がずれていた?
・ボランティア、市民というと、とたんに議論ががちがちになる気がする。
・近所のまつりの、持ち寄り、つまらなかったら帰っていい感じにアートがなるにはどうしたらいい?
・みんなのため、というのが気になる。アートはお祭りみたいにみんなのもの、と思われていないのでは?
・アートに対するボランティアは何かしら得るものはある(お金以外)。
見返りを求めて参加するのでは?
・キラリ☆ふじみ、地域通貨導入(アーツ)、別の経済圏の成立か?
・自主的と無償・見返りを求めない、は違う□ボランティアの問題って何だ?
・やらなきゃいけない感はハッピーじゃない
・でもボランティアを組織化しないとNPOが継続できない
・ボランティア=自己決定できる(見返りを求める求めない含めて)、
その結果見返りというリターンにこだわる選択もあっていい。マネーのエネルギーは大きい。
・プログラム中止でボランティアのスタッフの予定が切られた
・ボランティアがアートを説明できない
・使う側から言うと、ボランティアに何をやらせたらいいか分からない
・イベントに関わるボランティアはやりたいからやっちゃう、そこに企画も甘えちゃう、
その結果疲れていやになってしまう
・無償性、自発性、ボランティアの定義=誰からも雇用されていないことが大事
・共=自由? ・継続系ボランティアとイベント系ボランティアのちがい
・イベント系ボランティアに仕事を作るのに苦労する(運営側)
・継続系ボランティアに対しては、その気負いがない
・商店街の人を危機に追いやる開発会社が、商店街活性化のNPOをやっている矛盾。
しかもどっちからも収入も入ってくる
・そのスキームをむしろ学ぶべき?お金が自分たちの中で回っていて新しいお金が入ってこない
・BankARTのカフェはうまくいっている ・経済圏の話も関わってくる
・現場のNPOはボランティアの組織化をうまくやっている
・議論のキーワードとして「所有」「アート」「ボランティア」「公と共と私」
□「公と共と私」重なり合うところ、重なり合わないところ?
・マージナル、鶴見俊輔・限界芸術論 ・法律はくっきり、私もくっきり?
・福祉も同じも同じ問題意識で語れるのではないか?ボランティアとか自己決定とか
・自己決定のためにすべての境界(障害)を取り去るという考え方と、
そのために分配が必要という考え方と ・派遣村の湯浅さんは後者の考え方では?
・所有という言葉だったけど、ひょっとすると自己決定かも
・立岩『私的所有論』―自己処分権→生命倫理、あるいは自分と社会の関わり
・今回の子どもの臓器提供、公共物としての臓器か、子どもの自己決定か
・自己決定=自己責任論にはしたくない。そうじゃない方向へどういけるか。
・自己決定よりは所有のほうがすっきりする? ・所有の方が考えやすい
・白黒つけないといけない、半端な領域での決定が許されていない感じ
・公、という概念は、この場では、法律とか税金とかのエリアでよいか?
・経済学の公共財は、国家公共財なんだけど、そこが紛らわしい
・所有観の変遷。税金はみんなのものではなく俺のものだと思っているから
チェックが厳しくなってきた
・戦争の経験、公のために死んでいった。公なんてまっぴらだ!
→その転回が公害。私的の限界。本当の公とは何だ??
・払ってしまった税金に処分権はない、本当は意見が言えないとおかしいんだけど。
■ゲスト選定について:
□取材・発表方法:
―訪問と招待
―ゲスト候補としてでていた、「エノアール」は行かないと意味がない
―小グループをつくり、取材、フィールドワークを行い、合宿のときにプレゼンを行う。
□ゲストはいつ頃、どのような方を呼びたいか:
―前半のゲストは自分たちの前提条件をすべてを疑って考えるようなゲスト、
後半のゲストは理論構築自体に役立つ人
―ゲスト1は7月10日に呼ぶ 予定。
■来週までの課題:
□自身の提案したゲストのスケジュール(講演等)について調べる。
□合宿の前までに行っておくとよいイベントを探す。
□本日の話をふまえて、考えたこと、議論したいこと、疑問に思ったこと を、
最大800字で木曜昼12時までにメーリングリストへ送信。
■スケジュール管理について:
全体のスケジュールを意識するために、日程表の確認を毎回行う。
合宿までの前半は焦点を絞り込まずに、議論・資料集めを中心に進める。
以 上
今回は少々長い記事となってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回からは、ディスカッションの最後に、議事録担当者による、
フリースピーチが行われることになりました!
どんなお話が飛び出すのでしょうか?また、どんな議論が展開されるのでしょうか?
その模様は、次回更新時に、お届けいたします
2009年6月22日月曜日
プロジェクト1 第2回目議事録
神奈川県立近代美術館の歴史から
ブログ担当の篠崎です。第2回目の議事録をアップします。
議事録
第2回参加者の関心事の公表と擦り合わせをしました。
2009.6.19
まず、木下先生より、今回は各人が講座にどういうことを期待しているのか、お互いを知り合う機会にしたいことが話され、用意されたペーパーに沿って説明された。
1 所信表明
今回の講座の4つの目標
(①楽しく終える、②物件にこだわる、③問題を次第に絞る、④目標は「理論構築」)について説明。
①金曜の夜に集まるのだから、楽しくやりましょう。
②「神奈川県立美術館」であり「鎌倉近代美術館」であったものにこだわりたい。
設立当初のポスターには、「鎌倉近代美術館」と明記されている。設置者の立場、
利用者の立場から考えていく必要がある。
③時間があまりあるわけではないので、問題を少しずつ絞るのではなく、次第に絞る。
④目標は、理論構築であること。過去の検証だけでは不十分。
当初、「社会的提言」にしようということも出ていたが、いろんな立場の方が参加されており、
難しい面があったため、理論構築になった。
2 今後の方針
◇この場をどういう場にしていくのか?
◇金曜以外の土曜から木曜までの情報共有の場をつくり、どのように議論を深めていくか。
◇基礎情報の収集(分担)
①神奈川県立美術館についての資料、
②県立美術館はどれくらいつくられたのか、などの基礎情報の収集を分担して行う必要がある。
◇ゲスト選定
ゲストに、だれを呼ぶのか早めに決める。
◇坂倉準三展の見学
6月27日(土)14:00〜、7月11日(土)14:00〜の2回行う。
◇「美術館はぼくらの宝箱」(神奈川県立美術館 2009.6.6〜9.6)の紹介
美術館と学校との連携の難しさ
3 自己紹介
一人3分程度の自己紹介が行われた。
4 問題の構造
◇大きく分けると、美術館と建築保存になる。
◇「箱物」を生かすも殺すも、使い方次第である。「箱物」行政を必ずしもマイナスに考えない。
◇美術館は、鶴岡八幡宮からの借地に建設されたもので、2016年に契約切れ
◇鎌倉の景観をどういう方向にもってこうとしているのか?
古都保存法(古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法)や景観法などをふまえて
考察していく必要がある。1966年の古都保存法、90年代後半から景観、文化的景観が
取り上げられるようになり、2004年に景観法が成立した。
1951年のモダニズム建築は居場所を失いつつある。
◇坂倉準三展の看板にも、景観を壊すというクレームがついており、
支柱の取り替えさえもできなくなっている。
◇坂倉展には、美術館の外に1/1で戦時中のバラックが展示してあるが、
1/1だと鎌倉市は建築物とみなし、建築申請をせまっている。
このような異なる力が加わっている点にも注目する。
このバラックと思われる写真がウェブ上にありました。
「組み立て住宅プロトタイプ(1941年モデル)原寸模型」
http://ameblo.jp/tonton3/image-10267217922-10190337676.html
5 来週の講座
◇木下先生から、美術館について15分程度説明。
◇どういうことを問題にするのかを口頭で発表。
◇その後、意見交換、問題を立てる。
◇終了後、懇親会。
6 問題関心グループ
2つの大きな問題についての関心グループ。
美術館と建築保存に分かれました。
7 坂倉準三展に見学にいきます。
6月27日(土) 7月11日(土)と2グループに分かれて行きます。
プロジェクト1 第1回・議事録
ブログ係の篠崎友亮です。
私たちのグループは毎回記録係が代わり、その記録をいただき、私がブログに投稿します。
私は今回がこの講座にはじめての参加になります。文化ということにとても興味を持っています。
どうぞ皆様よろしくお願いします。
市民社会再生 -新しい理論構築に向けて-
テーマ:戦後文化行政、美術館、さらにモダニズム建築を考える
1.今年度第1回目のオリエンテーション
スケジュールの確認後、講座の進め方の説明、プロジェクトグループの役割分担、
Googleアカウント上での情報共有等、そして各テーマの概要の説明があった。また今年度はテーマごとにプロジェクトチームに分かれて役割分担を明確にしながら進めていき、12月12日のシンポジウム報告に向けての理論構築を目標にする旨伝えられた。
2.テーマの概要説明
その後、プロジェクトチームに別れ木下先生より開講趣旨が伝えられた。*詳細は別紙資料参照のこと
またスケジュール予定での神奈川県立近代美術館リサーチは26日であったが27日に変更、その日が都合がつかない人のため26日も予定どおり実施することとする。
3.役割分担について
リーダー サブリーダー ブログ 会計 MLを決定
記録は順番制
4.次回までの課題提出として配布資料の国立博物館ニュースを読んだ感想を6月19日朝までに、木下先生へメールにて提出。
2009年6月19日金曜日
【第一回議事録】プロジェクト2:「『所有』からアートの公共性を考える」
2009年6月15日月曜日
「芸術文化支援施策に関する規範を考える」グループ 第1回
20名という凝縮された人数にもかかわらず、多彩な顔ぶれが集まりましたので、自己紹介も長くなってしまいます。参考までに、どんな方が集まっているか、ずらっと並べてみました。
自治体の文化振興係になったばかりの方。行政の中での文化の位置づけについて議論したいという方。アーティストインレジデンス活動の現場からいらっしゃった方。メーカーでNPOの支援、組織基盤強化、メセナなどを担当されている方。有名な温泉で毎年開催している音楽祭の主催団体で働いている方。文化施設の指定管理団体で、文化センターを担当している方。国や町のまちづくりの総合計画策定などに関わっている方。国の文化政策に関わっている方。市役所で文化行政を担当され、文化協会の役員になられた方。音楽関係のイベントを手がけている方。マーケティングの仕事をされた後、大学院でアートマネジメントを勉強 している方。韓国からの留学生の方。情報通信関係の活用を促進する施策に携わっている方。アートマネージメントについて勉強したいと考えておられる方。学部生の方。NPOで働いていて、お金の動きに関心を持っている方。起業でCSRを担当している方。アートと法律、法律家によるアート支援の研究実践をするNPOの代表をしている人。
その後、グループの進行役となるリーダーと補佐を決めて、いよいよ議論を開始。
まずはこのプロジェクトをどう進めていくかということで、小林先生より、議論への積極的な参加の呼びかけ、予算額の提示、そして「私達の議論にbreak throughを作るような人を呼びたい」という提案がありました。その提案を受ける形で、受講者で意見を出しあいました。
「概念は着地点が見えにくい。ケースの方が話しやすいのでは? ばら撒き補正とかアニメの殿堂とかを検証しては?」
「近く、国の文化政策を紹介するプレゼンテーションをやるので、それを持って来てみましょうか?」
「概念は大切だが、宙に浮いてしまう感じがする」
「芸術家にとっての幸せ、アーティストとそうでない人の溝を考えたい」
「芸術の概念、政策、ケースの三段階でいってはどうか?ケースから入るのはわかりやすい」
「文化の本質や芸術の概念の確定も重要だが、具体策に繋がる規範を考えるためには、今まで文化振興というものの対象とされてきたものを把握し、何が対象になり、何が対象になっていないかを共有することが重要なのでは?」
「集まる回数が限られている。議論もするが、計画についても話し合いたい」
ここで小林先生より、「計画のための時間は必要。全体の進め方のアイディアも提示してほしい」という注文が入りました。受講生からは、「時間を節約するために、進行のたたき台を用意してもらえないか?」という提案もありましたが、「あまり進行のお膳立てしてしまうと、この場独自の意味が薄れるかもしれない。メーリングリストをつくるので、そこでの議論にも参加して欲しい。既存の政策をbreakthroughしたいという意識 をもって欲しい。仕事をすれば結果を出せる人がたくさん集まっているのだから、この場ではあえて概念的な議論でぐるぐるする作業も大事だと思う。フリーハンドではなく、問題意識を持って参加して欲しい」。
と、やりとりの途中で教室の退室時間となってしまいました。次回、今後の進行について議論する場を設けることにし、この場は終了。次回は懇親会も予定しています。他のグループの方も、こっそり議論の続きに参加してみては?
2009年6月14日日曜日
公開講座がスタートしました。

■ プロジェクトグループの役割分担